佐藤めがねの闘病記録

子宮平滑筋肉腫と告知されました

1回目手術当日その3母親の記録 2016年9月

こんにちは。佐藤です。

寒くなってきたな……と思ったら急に暑さが戻ってきました。

坊主頭にはどんどん髪が伸びてきていますが

やっぱりまだ汗かいたときのにおいが脱毛前より気になります。

加齢臭……

 

さて。

内容は前回と同じですが、母の記録をもとに

再度術直後について書きます。

 

……と思ったのですが、

同じように文章で書くとダラダラと長くなってしまうので

今回は簡潔に!

 

術後、手術室からベッドで病室へ戻る

(手術台からどのタイミングでどうやってベッドに移ったかは不明)

母は手術室のある階の椅子で待っていた

 →「はーい」という私の声がどこかから聞こえたそうで、手術の終わりを知る

 →ちなみに、本来家族が待つ場所はそこではなかったらしい。

なので看護師さんと会う事ができず、こんな不思議な方法で終わったと知り病室に戻ることになる。

 →私は返事した記憶はないが、たぶん気管の管を外した後に部屋に戻るまでのやり取りだと思われる。

  言われてみれば、何か声をかけられたような気がしなくもない。

 

病室に戻ってから約1時間後にエコー検査と輸血

 →私は病室に戻ってすぐだと思っていたが実際は1時間ほどたってから。

 →徐々に血圧が下がり始め、40くらいまで下がりあれ?と思った時には看護師さんがかけつけてくれていたそう。

  看護師さんてエスパーなの!?と思ったら、ちゃんとナースステーションでモニターを見てくれているんですね。

 →輸血の準備をしながらベッドの足の角度を少し高くされていたとのこと。全く気付いてなかった。

 

その後しばらくは寝たり起きたりと、うとうとしていたらしい

 →私が母の方を向いて、母が「大丈夫?」と声をかけてくれたのはこの時かな?

 →母はこの間に色んな写真を撮ってくれていた。全く気付かなかった。

 →定期的に図られる血圧をメモしてくれていたみたい。

  輸血を開始してからは順調に数値は回復していた。

 

以上です。

なんか、こうして書くとそこまで記憶に差異はないみたいですね。

私としては、「記憶していたのと違う事ばっかり!麻酔で眠っちゃうってすごいことだね!」

と思っていたのですが

大騒ぎしていたのは私だけかもしれません。

失礼しました。

 

この後で目が覚めた時に「今、イビキかいて寝とったやろ?」と

不意に普通に話せたところから記憶がはっきりしています。

それまでが一時間くらいだと思っていました。

 

次は、意識がはっきりしてから手術翌日を迎えるまでを書きます。

はっきりしてしまうと、いろいろときついですね。

 

余談ですが。

最近は「一年前の今日」をよく思い出します。

一年前の今頃は子宮肉腫だと告知された直後で精神的に一番つらい時期でした。

でも、しっかりと「乗り越えた」と思っています。

病気については乗り越えた感覚はないのですが

告知後のショックからはしっかり立ち直ったと実感しています。

 

思い出しても泣けてきますね。

 

どうやって立ち直ったかというと、それは時間がたつのを待っただけです。

それくらいで「乗り越えた」ってよく言うわwwwと思われるかもしれませが

おっしゃる通りです。

私は大げさなんです。

 

いやでもさ、生き死にがかかってんだからこれくらい大げさにもなるわよ💢💢

全部病気が悪い!!!